・イチオシメニュー

大分県豊後高田市の静かな通り沿いに、ひっそりと佇む一軒の蕎麦店――「十割蕎麦 ゑつ」。木の温もりを感じる落ち着いた店構えに足を踏み入れると、ふわりと広がる香ばしいそばの香りが食欲を誘う。地元の人々だけでなく、遠方から足を運ぶ蕎麦好きも多いというこの店。その人気の理由は、店主が心を込めて打ち上げる“あらびきの十割そば”にある。
・こだわり
「そばは香りで食べるもの」と語る店主。
その言葉通り、「十割蕎麦 ゑつ」では、そば粉100%――つまりつなぎを一切使わない“十割そば”にこだわっている。しかもその粉は、通常の細かいそば粉ではなく、あえて粒を残す“あらびき”。この独特の挽き方が、そば本来の風味と食感を最大限に引き出しているのだ。
噛むほどにそばの香ばしさが立ち、舌の上でほのかな甘みが広がる。のどごしの良さだけではなく、口の中でゆっくり味わうことで感じられる“穀物の生命力”がある。
「機械的に均一なそばではなく、手仕事ならではの個性を感じてもらいたい」と店主。手ごね、手打ち、手切り――そのすべてを一人で丁寧に行っている。打ち立て、茹でたてにこだわり、タイミングを見極めて提供するそばは、まさに一杯ごとに生まれる“瞬間の味”だ。
使用するそばの実は、県内外の生産者から厳選。香りの強い品種を中心に、季節ごとに産地を変えることで、いつ訪れても違う表情のそばを楽しめるようにしている。粉は店内の石臼で少量ずつ挽き、挽きたてをそのまま打つ。そば粉が空気に触れて香りが飛ぶ前に打ち上げるという、まさに職人の技と勘の世界だ。
そばを引き立てるつゆにも妥協はない。
厳選した本枯れ節と昆布を使い、じっくりと旨味を引き出した出汁に、丸大豆醤油を合わせる。あらびきそばの力強い香りを損なわず、それでいて後味がすっきりと残るよう、絶妙なバランスに調整されている。天ぷらや山菜など、地元・豊後高田の旬の素材を使った一品料理も添えられ、四季の味覚をそっと感じさせてくれる。
店内は木のカウンターとテーブルが並び、心落ち着く静けさが漂う。
派手な装飾はなく、ただ、そばと真剣に向き合う時間が流れている。窓から差し込む柔らかな光と、そばをすする音だけが響く空間は、まるで小さな“そば庵”のようだ。
「食べ終わったあと、また来たいと思ってもらえるように」
その言葉の通り、店主の姿勢は一貫して誠実だ。毎日の水分量や気温、粉の状態に応じてそば打ちを微調整する。簡単にまねできるものではない、“職人の勘”と“日々の積み重ね”が、ゑつのそばの味を支えている。
一口すすると、香りが鼻に抜け、口の中で粒感がほろりとほどける――。
その瞬間、そば好きなら誰もが頷く。「ああ、これが“十割あらびき”の醍醐味か」と。
十割蕎麦 ゑつ。
ここには、派手な演出も奇をてらった創作もない。あるのはただ、素材と向き合い、手間を惜しまず丁寧に打たれた一杯。豊後高田の静かな町で、“本物のそばの香り”を求める人々の心を、今日もそっと掴み続けている。
・ 店舗情報詳細
十割蕎麦ゑつ
0978-25-4617
大分県豊後高田市玉津374-1
11:00〜15:00
17:00〜20:00
火曜日・第4水曜日
